認知症の人の暴言・暴力を予防するアプローチ②

注記
※本記事は季刊誌『認知症ケア』2019年春号に掲載の「暴言・暴力を予防するアプローチ」(執筆者:にこにこハート株式会社 代表取締役 日本高齢者アタッチメント協会 代表/看護師 林炎子)より引用しています。
「認知症の人の暴言・暴力を予防するアプローチ①」はこちら。

認知症の人の暴言・暴力の根本的な原因

認知症の人は,認知機能の低下,記憶障害などにより状況を把握する能力が低下し身の危険を感じやすいですが,身の危険が迫っていると思うとなぜ暴言や暴力に結びつくのかと言えば,爬虫類脳,哺乳類脳が関係しています。

ポール・マクリーン博士の「三位一体脳」を参考にすると,人は何らかの情報が入ってきた時に,まず爬虫類脳が反応します(ここで言う情報とは,見たり聞いたり触れたりという五感すべてを使って手に入れる情報のことです)。爬虫類脳は生きるための脳です。爬虫類脳が危険である,身の安全が保たれないと判断すると,戦闘モードまたは逃避モードになり,身の安全が確保されていると判断すると,リラックスモードになります。

爬虫類脳を亀に例えてみましょう。亀は驚くと戦うために威嚇し,戦闘モードに入ります。また,身の危険を感じると首や手足を引っ込めます。逆に,体の安全が確保されていると判断すると,亀は手足を出して,甲羅干しをします。

爬虫類脳が反応すると,次は哺乳類脳が反応します。哺乳類脳は,感じるための脳であり,喜び・愛情・怒り・恐怖・嫌悪などの衝動的な感情を司っています。哺乳類脳が不快な感情を感じると戦闘モードまたは逃避モードになり,快の感情を感じると哺乳類脳はリラックスモードになります。

哺乳類脳を犬に例えてみましょう。犬は恐怖や怒りを感じると吠えて威嚇したり,噛みついたりします。しかし,心の安心が確保されていると判断すると,おなかを出してリラックスします。

哺乳類脳は爬虫類脳と連携していて,両方とも危険だと感じているか,どちらともリラックスしているというようにセットで処理が行われています。この爬虫類脳と哺乳類脳が体も心も安全であると判断することにより,人間脳が活発に働きはじめるのです。人間脳とは考えるための脳です。人として論理的に理性や言語で思考するためにはまず,爬虫類脳と哺乳類脳が安全だと判断し,リラックスする必要があります。

認知症の人の暴言・暴力を予防するために 

●爬虫類脳をリラックスさせる

爬虫類脳は身体的安全を司っているため,身体的安全を提供します。身体的安全を阻害する要因は,自分自身によるもの(内的要因)と他者からによるもの(外的要因)に分けられます。

◯身体的安全を阻害する内的要因
ある日,認知症のAさんが台所に入ってきて「この台所はなっとらん!!!」と言って急に怒りだしたことがありました。Aさんは寒がりで,体が冷える(と思って)このような戦闘モードになったのだと思います。体を温めたら,すぐに怒りが収まりました。

このように,まず呼吸, 排泄,食事,睡眠などの生理的欲求を満たすことが大事です。例として,空腹感や暑い・寒い,息が 苦しい,便秘や下痢,頻尿,また骨折などのけがによる痛みなどが挙げられます。これらが慢性的にあると,人は体が危険だと感じて,常に戦闘モードもしくは逃避モードになってしまいます。

〈対応策〉
身体の状況を観察し,安全を阻害する要因を取り除きます。例えば,体感温度や排便・排尿のコントロールなどを介護者側で行います。そうは言っても,薬を調節するなどの医療行為は難しいと思われるかもしれませんが,適切に観察をすれば,薬に頼らなくてもできる援助はあります。

例えば,便秘であれば,水分摂取を促す,適度な運動をする,マッサージをするなどによって腸の動きがよくなり,便秘が解消することもあります。このように,考えられる援助をすべて提供した後,医療行為を考えても遅くはありません。

◯身体的安全を阻害する外的要因
自分以外の誰かから与えられる痛みや苦しみが要因となります。検査の説明をして納得したはずの認知症の人が暴れるのは,胃カメラで口にチューブを入れられ「呼吸ができにくいかも,呼吸できなかったら死ぬかも」と本能的に感じるから抵抗し,暴れるのです。

このように,本人が必要性などを理解できていない検査や処置,介護の提供なども身体の安全を阻害する外的因子となり得ます。

〈対応策〉
本人の記憶の障害と認識に合わせて説明,処置することが必要です。例えば,5歳の子どもが胃内視鏡検査を受けるとしましょう。その時,子どもが暴れたらどう思いますか?「検査なのに暴れて,どうしようもない子どもだ」と思いますか? それとも,「子どもだから,分からなくてもしかたがない」と思いますか? 大体の人は,後者でしょう。それは5歳の子どもの知識や経験では,胃内視鏡検査を理解できないのはしかたがないと理解しているからです。

認知症の人も同じであり,人それぞれ,記憶障害の程度や,病気の進行度,元来の性格により,憶えている知識や経験,認識が違うので,相手の認識に合わせた説明と処置の方法を選択する必要があります。また,検査や処置の必要性を見直すこともできるでしょう。本人をないがしろにして,検査や処置,ケアプランがなされていないかを見直す良い機会となるかもしれません。

●哺乳類脳をリラックスさせる

哺乳類脳は感情的安全を司っているた め,感情的安定を提供します。

◯感情的安定を阻害する因子
前述のとおり,爬虫類脳が身の危険を感じると,戦闘モード・逃避モードになり,怒りや恐怖というネガティブな感情が発生します。その結果,感情は不安定になります。

以前,デイサービスの行事で初詣に行った時,Cさんが急に大声を出して怒り,暴れだしました。理由を考えてみたところ,Cさんが怒る直前に大きな鐘の音がしたことが思い当たりました。Cさんは,大きな音にびっくりして(爬虫類脳が危険と判断して)怒りだし,暴れてしまったのです(哺乳類脳の感情が反応してネガティブな感情が発生し,戦闘 モードになる)。

また,感情的安定は育った環境,生きてきた過程(過去)にも左右されます。過去の環境により元来ネガティブな感情を持っていると,現在の感情も不安定になりがちです。

◯感情的安定の提供
感情を安定させるには,まずは身体的安全を提供した上で,相手と良い関係性を築くことです。次のようなことに気をつけることで,相手と良い関係性を築くことができ,感情が安定してきます。

・相手の気持ちを肯定し,共感する。
・行動を遮るのではなく,導く。
・行動を承認する。
・相手が理解できるように話す。
・良質な非言語的コミュニケーションを提供する(言葉以外の態度,表情,声色など)。

暴言・暴力を予防するためには,身体的安全と感情的安定を提供すること,相手の暴言・暴力の背景を知り,暴言・暴力が出る行為を行わない,または提供する方法を変更することで暴言・暴力の予防,改善につながります。

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