認知症の人の暴言・暴力を予防するアプローチ

注記
※本記事は季刊誌『認知症ケア』2019年春号に掲載の「暴言・暴力を予防するアプローチ」(執筆者:にこにこハート株式会社 代表取締役 日本高齢者アタッチメント協会 代表/看護師 林炎子)より引用しています。

認知症の人からの暴言や暴力を経験したことがありますか?

私は,小学校5年生の時から認知症介護に携わり,また看護師として病院で勤務する中でさまざまな暴言や暴力を経験してきました。小さいころは,座ったまま杖で殴りかかられることもありましたし,病院・施設・デイサービスでは,病気によりせん妄状態にある人や認知症の人からひどい言葉を投げかけられたり,叩かれたり,押し倒されたりというような暴言や暴力を経験しました。

噛みつかれたり,つねられたりしたという話もよく聞きます。説得したはずなのに,何度も説明して分かったと言っていたのに怒りだした。急に怒りだして,暴言や暴力を振るう理由が分からない。

このような暴言や暴力を経験すると,すごくつらい,嫌だな,困ったなという気持ちになるかもしれませんし,認知症介護に対するモチベーションも下がってしまうかもしれません。このような暴言や暴力はなぜ起こるのでしょうか?

暴言・暴力の原因とアセスメント

ちょっと想像してみてください。
・家のソファーでくつろいでいたら,いきなり知らない人が入ってきて服を脱がされた。 ・職場で仕事をしていたら連れ出され,車に乗せられ拉致監禁された。
・眠くてうつらうつらしていたら,いきなり口に何かを入れられた。
もし,あなたがこのような状況に陥ったらどうしますか?

相手にもよりますが,抵抗するか,逃げようとするのでは ないでしょうか?
これが,認知症の人の暴言・暴力の主たる原因です(認知症の原因となる病気により,違う場合もあります)。

実際は,介護施設の居室で着替えをしたり,デイルームからドライブに出かけ たり,歯磨きなどの口腔ケアを提供したりしようとしただけです。しかし,認知症の人からしたら,いきなり知らない人に服を脱がされたり,拉致監禁されたり,何かを口に入れられたりしたように感じる。これは,認知機能の低下や記憶障害,記憶障害による判断力の低下,認識の変化があるからです。

認知症で記憶障害があると,過去と現在と未来がつながらなくなります。例えば,私たちは,風呂に入ろうと思った過去を憶えているから,脱衣所で裸になっても,風呂に入るという目的があり,身の危険を感じません。ところが,認知症で記憶障害があり,風呂に入ろうと思ったことを忘れたらどうでしょうか。脱衣場で裸になっている理由が分からなくなります。誰かに脱がされていたら,さらに混乱します。

「自分は脱ぐ気がないのに,なぜ脱がされているんだろう?」「なぜ今ここで裸なのだろう?」。そう思ったら,裸にされるなんて,何か魂胆があるに違いないと(特に女性は)思い,身の危険を感じるでしょう。

これは,何も風呂に限ったことではありません。記憶障害により近い過去を憶えていないことで,現在の自分の状況を客観的に判断することができず,自分なりの受け止め方(内部認識)で物事を受け止めるので,介護者からしたら日常生活上当然のことでも,身の危険が迫っている,自分の身が危ないと判断してしまうのです。

誰だって自分の身に危険が迫っていると思ったら,抵抗する(戦闘モード)か逃げる(逃避モード)ことを選びます。例えば,着替えてもらうため上着を脱がせようとすると手を振り回す。事前に話をして,同意書ももらって臨んだ胃カメラなのに,実際の検査になると暴れだす。ドライブ中に,拉致監禁されたと思いドアを開けようとしたり,車を降りた とたんに近隣住民に助けを求めたりする。

これらの行動は,介護者からは一見暴言や暴力に見えますが,認知症の人は誰かを攻撃しようと思っているわけではなく,自分の身を守ろうとしているだけなのです。

介護者は必要な介護・処置・検査を提供したと思っていても,認知症の人は身の危険を感じて,その状況から抜け出そうと行動したら,暴言・暴力ととらえられた。このようなことは多々あります。殴る・蹴る,暴言を吐くという行動の裏には,介護者と認知症の人の認識のギャップが存在するのです(図)。

セミナー

・名古屋地区:2019年10月13日(日)
・東 京地区:2019年12月15日(日)
・大 阪地区:2020年3月8日(日)


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