せん妄の発症要因と病態

注記
※本記事は隔月刊誌『臨床老年看護』2020年3-4月号に掲載の「高齢者のせん妄の正しい理解と臨床現場での対応」(執筆者:社会福祉法人シナプス埼玉精神神経センター 院長補佐/脳神経内科 島津智一)より引用しています。
せん妄は,高齢者にとって起こりやすい病態であり,臨床の現場においてせん妄を見逃すと,その原因によっては即座に対処しなければ命を危険にさらすこともある。特に認知症患者は,認知症のない高齢者と比較してせん妄を起こしやすく,BPSDと誤解されたり,合併したりすることがしばしばある。

せん妄が発症する背景には,全身疾患,薬剤の開始や離脱,脳器質性疾患,環境の変化などがあり,これらが複合的に作用する。

医療現場で遭遇するせん妄症例の多くは,これまで入院したことがない高齢者が突然,転倒骨折,肺炎,熱中症,脱水,脳卒中および心筋梗塞などを発症して集中治療室へ緊急入院し,数日以内に起こる夜間せん妄である。

重要なポイントは,せん妄が起こってから対応するのではなく,せん妄を起こさないように予防することである。これまではせん妄に対し,向精神薬による治療がされていたが,最近の臨床研究でせん妄には向精神薬は効果がないことが示された。せん妄に対して有効な治療は集学的治療であり,全人的チーム医療を行うことである。

せん妄は,事故の誘発や身体予後の悪化をもたらし,入院が長期化したり,本人の意思決定能力を低下させたりする。時には家族とのコミュニケーションさえも困難となり,同時に医療現場のスタッフを疲弊させ,医療コストの増大につながる。

少子高齢化が問題となっている日本社会において,今後ますます高齢者や認知症が増えることが予想されており,せん妄に対する予防対策や対応は,医療現場において最重要課題の一つであることは言うまでもない。

せん妄の発症要因と病態

せん妄の直接因子を表に示す。薬剤によって誘発されるせん妄や離脱せん妄を日常診療において経験することが多く,その際,原因薬剤を特定して中止したり,再開あるいは代替薬剤を投与したりすることで速やかに改善する。そのため,「たかがせん妄」と軽視される。しかし,複合要因として重要な誘発因子に,環境変化,身体抑制,ドレーンやバルーン留置,難聴,視力障害,疼痛,便秘,脱水,睡眠障害などがある。

つまり,要因の中には重度な脱水など,直ちに治療を開始しないと生命に危険が及ぶ恐れのあるものもあるため,せん妄を疑った場合は常に最悪の病態を想定して診療に当たることが重要である。

しかも,意識障害により患者本人から訴えることができないため,対応する医療スタッフが察して,全人的医療スキルを発揮しなければならない。

せん妄の病態は複合的で,認知症に合併することが多いため,せん妄と認知症は混同されることがある。そこで,せん妄の病態を図1にまとめる。

これらせん妄の多要因を特定し,同時に多職種チームで集学的治療に当たることが望ましい。しかし,本当の意味でのせん妄治療の主軸は予防であり,病態に示された高齢者,認知機能障害,頭部疾患既往,せん妄既往,アルコール中毒などせん妄準備状態となる要因に当てはまる患者が入院した場合,せん妄予防対策をあらかじめチームカンファレンスなどで話し合っておくことが重要となる。

せん妄対策としては,例えば,身体拘束をしない,点滴やバルーンの留置は避け,点滴は日中に抜き刺しを行い,夜間は点滴を外して睡眠の妨げにならないように配慮し,日中は声かけなどで昼寝を牽制して,睡眠リズム障害を予防するなどの対策を講じることが必要である。





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