家族がたどる心理的ステップ

注記
※本記事は隔月刊誌『臨床老年看護』2020年1-2月号に掲載の「認知症の人の家族の心理的支援」(執筆者:明治学院大学 心理学部 心理学科 准教授 森本浩志 ほか)より引用しています。

認知症の人の介護には,認知機能障害やBPSDへの対応の困難さに加えて,これまで元気だった家族の知性の衰退を見ることの苦悩や意思疎通の困難さ(関係性の喪失に伴う苦悩),他人に迷惑をかけていないかという気遣いなど,認知症という病気に特有のつらさがあるとされます。

家族が自身の精神的健康を保つことは,認知症の人の心の安定にもつながります(BPSDの改善につながることも)。このため,認知症の人の家族支援においては,生活上の諸問題への対応に加えて,彼らの心理面のケアも大切になります。本稿では,この点について事例を通して考えます。なお,倫理的配慮から,紹介する事例は複数の事例を組み合わせた 架空のものです。

事例1
Aさん(60代,女性,週4回のパートタイム勤務)
夫のBさん(70代,アルツハイマー型認知症)はもともと人と話すことが好きで,デイサービスでもスタッフとよく話しているようですが,デイサービスのない日はボーっとテレビを見て過ごしています。しかし,玄関のインターホンが鳴ると,誰かを確認せずに出て,訪問者と話し込んでしまいます。妻のAさんは,自分が不在の時にBさんが悪質な訪問販売にひっかからないか心配すると共に,いつもBさんの長話に付き合ってくれる郵便局員に申し訳なく思っています。
訪問看護時にAさんに介護の状況を伺うと,「いろいろなことがあったから,夫の症状はしょうがないと受け入れている」と語る一方で,「最近はオレオレ詐欺もあるから,来客があったらインターホンで確認してほしい」と,具体的な対策を求められました。また,「家計のためとはいえ,自分がパートで出ている時は,夫に寂しい思いをさせてしまい申し訳ない」「最近症状が進んだような気がするが,自分が夫を十分に外に連れ出せないのが原因なのではないか」と,Bさんに対して罪悪感を抱いているようです。 

認知症の人の家族は,介護を通して大きく4つの心理的ステップをたどると言われています。
【ステップ1】とまどい,否定:元気だった家族の異変に気づくものの,受け入れられず否定し,周囲に打ち明けられずに一人で悩む時期
【ステップ2】混乱・怒り・拒絶:認知症の理解が不十分であるために,認知症の症状に振り回され,心身ともにつらい時期
【ステップ3】あきらめ・割りきり:認知症の理解が進み,認知症の症状に振り回されても損だと考え,認知症の人を元に戻そうとするのをあきらめるようになる時期
【ステップ4】受容:認知症の理解がさらに深まり,認知症の人をあるがままに家族の一員として受け入れられる時期

一般的には,ステップ3・4の時期になると当初よりもストレスが減り,家族に精神的余裕が出てくるとされています。

心理的ステップは行きつ戻りつ,紆余曲折を経て進んでいきますが,被介護者の施設入所や死去などにより,途中の時期で介護が終わることもあります。また,Aさんのように,認知症の症状を受け入れていると語っていても(ステップ3の時期にいるように見えても),どこかで認知症を否定している(ステップ1・2の時期にいる)場合も少なくあり ません。

Bさんが「インターホンを使えない」のは,認知機能障害(特に実行機能障害)が背景にあると考えられるため,これからBさんがインターホンを使えるようになるのは難しいかもしれません。

一方で,家族は頭では難しいと分かっていても,「でも,これぐらいはできるようになってほしい」と,両価的な思いを抱いていることが少なくありません。

このように心理的ステップは,必ずしもきれいに分けられるものではないことから,複数の時期が併存している場合もあることを念頭に置いて,家族に接することが大切です。

また,事例のように具体的な対応策を求められることも多いと思いますが,その際には対応策を提案するだけではなく,家族の悩みの背景にある思いも伺います。

家族の中には,看護師や介護士に介護の諸問題への対応方法は相談できても,自分の心理面のことを相談するのは申し訳ないと思っている人もいます。こちらから家族の気持ちに寄り添う姿勢を示すことが,家族の心理面のケアの第一歩になります。

また,家族の思いを伺う時には,つい励ましたくなっても,まずは傾聴と受容,共感が大切です。対応策や情報の提供も大切ですが,家族が被介護者の現状に対して両価的な思いを抱いている場合は,逆に不安や認知症の否定の気持ちを強めてしまう場合もあります。

家族はしばしば被介護者が亡くなる前から,関係性の喪失に伴う苦悩や悲嘆を経験します。家族の“現在”の気持ちを尊重して,(両価的な思いがあるようであれば)被介護者の現状を否定したい気持ちに寄り添い,受容することが大切です。




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