看取りにおける本人の意向・願いに対してケアマネは何をすべきか?②

注記
※本記事は隔月刊誌『達人ケアマネ 』2019年6-7月号に掲載の「看取りにおける本人の意向・願いに対して ケアマネは何をすべきか?」(執筆者:株式会社ファーマダイワ ライフサポート事業部長兼 居宅介護支援事業所ファーマダイワ介護サービスセンター 主任介護支援専門員/保健師/助産師/看護師 益永佳予子)より引用しています。
「看取りにおける本人の意向・願いに対してケアマネは何をすべきか?①」はこちら

意向・願いを汲み取って,その意味や価値を理解する

末期がんで余命月単位となった60代の女性Aさん。ある2月のことです。衰弱し歩行困難となったAさんとケアマネとの会話の中で,Aさんがポツリと「今年も桜を見に行きたいな。行けるかな…」と呟いた時,あなたなら,どのように返答,あるいは対応しますか?

桜が咲く3月末には1カ月以上もある,それまで命がもたないかもしれない,それでも希望を持ってもらうため,「桜を見に行けるといいですね。きっと見られますよ,大丈夫ですよ」と返しますか? あるいは,桜を見に行きたいと言ったAさんの願いを叶えるため,ご主人と協力して,桜の蕾のついた枝を調達するため,街中の花屋さんを訪ねますか?

Aさんが「今年も桜を見に行きたいな,行けるかな」と呟いた時,あるケアマネは,少し間をおいて,「何か桜の思い出があるのですね? 聴かせてもらえますか?」と尋ねました。するとAさんは,「毎年,夫といろんな所に行くのよ。お弁当を持ってね。それが楽しみで…」と,これまでのエピソードを楽しそうに話されたそうです。そのケアマネは,Aさんは桜を見ることももちろん楽しみにしているに違いないが,それ以上に,夫と共に季節を感じることに意味を置いているのではと感じたそうです。

ケアマネは,命の時間に桜は間に合わない可能性が高い,外出するなら今この時期が最後のチャンスかもしれないと,思い切って,「桜もいいですが,ちょうど今,梅の花がきれいですよ。一緒に梅を見に行きませんか? ね!ご主人!」(もちろん,主治医の許可も取り付けて)と提案したそうです。すると,傍らにいたAさんの夫も,「うん,うん,梅もいいぞ。行こう!」と即賛同し,早速,翌々日,Aさんの夫が弁当を調達し,ケアマネが車いすを手配して,AさんとAさんの夫,そして訪問看護師,ケアマネと共に梅園に行ったそうです。

天気も良く,AさんとAさんの夫はとても幸せそうだったそうです。おそらく,Aさん自身,桜を見ることはできないかもしれないと薄々気づかれていたのか,愛する夫と最後になるかもしれない季節を感じるため,ケアマネの提案に快く乗ってくれたのでしょう。

その後,Aさんは在宅療養のまま桜の開花日に,夫に看取られ眠るように逝かれたそうです。しばらくして,Aさんの夫から,「あの時,ケアマネさんが “梅を見に行こう” と言ってくれて本当に感謝している。行ってよかった。喜ぶ顔が忘れられない」と,その時の写真を見ながら言われたそうです。梅園への外出が,Aさん夫婦での最後の外出,最後の季節を共有する時間となったのです。

ケアマネの心得となすべきこと

看取りの時期に利用者の意向や願いを汲み取るためには,コミュニケーションは最も重要です。何げない日常会話から利用者の大事にしているものや価値観を引き出したいものです。

ケアマネとして数年担当し,信頼関係が構築されている利用者が徐々に看取りの状況へ移行する場合は,その延長上でのかかわりのため,さほど苦労もないでしょう。しかし,末期のがんで急速にADLが低下してからの介護保険申請で,初めてケアマネとしてかかわる場合は,心身状況が厳しい中,しかも,短期間に利用者の意向や願いを汲み取るには一気にハードルが上がります。

そして,意向や願いを汲み取ったら,即,チームでその対応・支援を実践しなければなりません。その場合の心得として,①同調性を意識する,②傾聴する,③世界観を理解する,④迅速に支援実践することを提案します(表2)。

①同調性を意識する

ひじり在宅クリニックの岡本拓也医師は,「目の前の対象者に対して,『あなたは大切な 存在です』という意識をもって(中略)具体的には,特別なことをするのではなく,心の こもった挨拶や眼差しを向ける,理解しようとする傾聴,丁寧な説明やケアのことで,(中略)特に,最初に相手に近づいていく際には,相手の表情,呼吸のリズムや声の高低,全体的な調子を相手に合わせて『同調性』を意識する,会話は受容的に相槌でゆったりと流れるような空気感をつくり出し,安心感のある心地よい場所を提供することは大事」2)と述べています。

ベテランのケアマネは無意識に実践していることでしょうが,中には,明るさがウリと言わんばかりに,重い表情の利用者にも,とびっきりの笑顔で高いテンションであいさつをするケアマネもいます。おのずと利用者は違和感を覚え,会話が続かないどころか,そのケアマネには重要なことは語ってくれないでしょう。

Aさんの桜のエピソードを聴いたケアマネは,きっと当初から同調性を大事にして会話を重ねたのでしょう。この同調性を意識することは,利用者の心の扉の入り口に立つことであり,利用者のあなたを理解したいというアプローチです。それが利用者に通じると,利用者は心身状況が厳しい中でも心を開いて意向や願いを語ってくれることでしょう。

②傾聴する

対人援助の基本ですので深く言及しませんが,相づち,反復,開かれた質問,沈黙などの技法を巧みに駆使して,利用者の話を聴き,受け入れます。利用者はケアマネの傾聴効果で自身の肯定感や承認感を見いだし気持ちを整理したり,何かに気づいたりすることもあり,これが意向や願いを引き出すことにもなるのです。

この場合,利用者への病状や体力に配慮も必要です。また,家族への傾聴も重要で,介護に対してポジティブになったり,精神的支えになったりということは言うまでもありません。

③世界観を理解する

利用者がこれまで生きてきた人生の歴史によって,物事や現象の意味や価値は異なります。利用者の世界観を理解することは,“意味や価値” をキャッチすることです。現象学的に表現すると,桜を見てどのように感じるか,人それぞれ独自の知覚によってさまざまな見方や感じ方がありますが,それは,見る人の人生の歩み方,あり方という志向性に意味 づけられたものに構造されることになります。

Aさんの「今年も桜を見に行きたいな,行けるかな…」との呟きから,ケアマネは,Aさんの世界観にどれだけ入れるか,Aさんにとっての “桜を見る” という意味や価値をどのように汲み取れるかを試された場面と思われます。「桜を見に行けるといいですね。きっと見られますよ,大丈夫ですよ」は,あまりにも場当たり的な逃げの応答です。死期が近いことを察しているAさんは,根拠のない励ましに落胆するかもしれません。

また,花屋さんから桜の蕾のついた枝を調達し,Aさんの病床に届け,数日で開花したとすれば,顕在的なニーズの対応ですので, それはそれでAさんは喜ばれると思います。しかし,Aさんの世界観では,桜を見るということには,夫と一緒に弁当を持って外で季節を感じながら見るという意味があったのです。Aさん自身もおそらくそれに気が付いていなかったようですが,ケアマネがエピソードを傾聴したことから,Aさんもケアマネも,そして,その場にいたAさんの夫も気づいたのかもしれません。Aさん夫婦にとっては,桜を見るも梅も見るも同じ大事な夫婦の時間だったのです。

同じように考えると,「沖縄に行きたい」「クリスマスを家族と一緒に過ごしたい」なども,その人の世界観で傾聴すると,「沖縄に行きたい」は,“家族と素晴らしい自然の景色を見る” ことに変換され,結果,家族で近所の湖の面に沈む夕日を見て感動を味わうという演出もありかもしれませんし,「クリスマスを家族一緒に過ごしたい」も,“家族の大事な記念日を一緒に祝う” に変換されるかもしれません。

④迅速に支援実践をする

利用者の世界観から,意味や価値を汲み取ったら,家族の協力の下で支援者チームで意向や願いに対して,迅速に実践するのみです。この支援の内容によっては医療保険や介護保険等のフォーマルサービスだけでは対応困難なことも多く,インフォーマルサービスを組み合わせた支援者チームを再編成することもあり,ケアマネのネットワークの幅広さやフットワークの軽さが期待される力量発揮の場面です。

釣りが趣味の末期がんの男性で,「最期に鯛釣りに行きたい」という願いに対し,馴染みの釣り船で主治医とケアマネが同行したという話や,末期がんの女性に対しご主人が「結婚式を挙げたい」との願いに在宅の病床で牧師さんに来てもらい支援者一同参列し挙式をした事例(筆者体験)もあります。

しかし,ケアチームが総力を結集しても支援の準備中に,間に合わず利用者が亡くなったとしたらどうでしょう。筆者も経験がありますが,結果的に支援が実践できなくても,支援者チームの発動した想いは,本人・家族へ通じ,“本人を大切に想ってくれた” ことに感謝していただけると思います。

このように意味や価値に合致した支援の実践は,利用者本人にとって間違いなく “幸せな時間” として刻まれることでしょう。グリーフ専門士の井手敏郎氏は,「いまの状態次第で,それまでの人生の感じ方が変わる/『いまが幸せなら,過去に感謝できる』,逆にいえば,いまが不幸なら過去を恨みさえする」3)と述べています。

人生の終焉の幸せな時間は,利用者本人,家族にとって生涯かけがえのないものとなり,本人は自身でこれまでの人生を肯定・承認できるようです。本人の言葉で家族や周囲の人たちへ感謝を伝える場面も少なくありません。そしてまた,その支援実践は,本人の願いを叶えるほかに,遺された家族へ対してのグリーフケアの効果をもたらすことでしょう。

2)岡本拓也:誰も教えてくれなかったスピリチュアル ケア,P.19 ~20,医学書院,2014. 
3)井手敏郎:ブッダの死生学講座─死をみつめ,今を 生きる,P.38 ~39,アスペクト,2012.

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